2026/08/10
入れ歯治療
「かみ合わせが悪いと認知症になる」は本当なのでしょうか?
「歯を失うと認知症になりやすい」
「よく噛める人は認知症になりにくい」
「入れ歯を入れれば認知症を予防できる」
このような話を耳にしたことがある方も多いでしょう。
結論から申し上げると、
現在の医学では、「かみ合わせが悪いことが認知症の直接的な原因である」とは証明されていません。
一方で、近年の研究では、
と認知機能との関連を示す報告が数多く発表されています。とくに東北大学などの疫学研究では、歯の本数と認知症のない余命期間との関連を示す具体的なデータも公表されています。
私たち歯科医師、特に補綴(ほてつ)を専門とする立場から言えるのは、
「しっかり噛める口の状態を維持することは、全身の健康や生活の質(QOL)の維持に重要であり、そのことが認知機能にも良い影響を与える可能性がある」
ということです。
この記事では、認知症そのものの医学的な説明と、「歯」「かみ合わせ」と認知症の関係について、最新の研究データを交えながら歯科の立場から解説します。
黒崎 俊一(くろさき しゅんいち)
くろさき歯科 院長/日本歯科専門医機構 補綴歯科専門医

大学卒業後、補綴学(ほてつがく:歯を失った部分を補う治療分野)を専門に研鑽を積み、日本歯科専門医機構 補綴歯科専門医資格を取得。これまでに総義歯・部分義歯など数千症例を担当。
とくに「入れ歯治療」においては、マイクロスコープを用いた精密診断と2段階工程によるオーダーメイド入れ歯を導入し、患者一人ひとりに合わせた快適な咬合(噛み合わせ)を実現している。
「入れ歯は妥協ではなく、人生を取り戻す治療」をモットーに、見た目の自然さ・噛みやすさ・発音のしやすさまで総合的にサポート。地域の高齢者から「何でも噛めるようになった」「人前で笑えるようになった」との声が寄せられている。
認知症とは、
脳の病気や障害によって認知機能が低下し、日常生活に支障をきたす状態
をいいます。加齢による「もの忘れ」と混同されることがありますが、同じではありません。
例えば、年齢によるもの忘れでは、
といった程度であるのに対し、認知症では、
など、日常生活に大きな影響が出るようになります。
認知症にはいくつか種類がありますが、最も多いのはアルツハイマー型認知症です。そのほかにも、脳血管障害による血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが知られています。
認知症の診断や治療は神経内科や脳神経内科、精神科などの専門分野になります。本記事では、その診断や治療について詳しく解説するものではなく、歯科の立場から「歯」「かみ合わせ」と認知症との関わりについてご紹介します。
認知症は一つの原因で起こる病気ではありません。代表的な原因としては、
など、さまざまな要因が重なって発症すると考えられています。つまり、
「歯が悪いから認知症になる」という単純な病気ではありません。
ただし近年では、口腔機能(噛む・飲み込む・話す)が全身の健康に深く関係することが分かってきました。そのため、歯科医療も認知症予防の一端を担える可能性があるとして、多くの研究が行われています。
噛むという行為は、単に食べ物を細かくするだけではありません。食事中には、
などから多くの感覚情報が脳へ送られています。また、咀嚼によって脳への血流が増加することも報告されています。
こうした刺激は、
に関係する脳の部位を活性化すると考えられています。そのため、
「よく噛めること」が脳の健康維持に役立つ可能性
が注目されています。
基礎研究では、歯を失わせたマウスや、柔らかい食事だけを与えたマウスでは、
などが報告されています。一方で、再び噛める環境を整えることで改善がみられたという研究もあります。
もちろん、動物実験の結果をそのまま人へ当てはめることはできません。しかし、「噛む刺激は脳へ影響を与える」という仕組みを理解するうえでは重要な研究です。
「歯 認知症」というキーワードで検索される方の多くが気になるのは、実際にどの程度のデータが示されているかという点だと思います。ここでは、国内の代表的な疫学研究を紹介します。
東北大学の研究グループが2024年に発表した調査(日本の自立高齢者 約44,000人を10年間追跡)では、65歳時点における「認知症のない余命期間」を歯の本数別に比較しています。その結果、歯が0本の人と比べて、歯が20本以上残っている人では、認知症のない余命期間が男性で2.04年、女性で1.75年長いという関連が報告されました。
同大学が2021年に発表した調査(65歳以上の高齢者13,594人を6年間追跡)では、歯を喪失した人は、そうでない人と比べて、主観的な認知機能低下のリスクが男性で約4.3ポイント、女性で約5.8ポイント高いという結果も報告されています。あわせて、噛む力の低下や飲み込みにくさ、口の乾燥感なども、同様にリスクの上昇と関連していたとされています。
歯周病菌が体内に侵入し、アルツハイマー型認知症の原因物質とされる「アミロイドβ」の脳内への蓄積に関与している可能性を示す基礎研究も報告されています。歯周病を放置しないことは、歯を残すだけでなく、こうした観点からも意味があると考えられています。
これらはいずれも「関連」を示す疫学データや基礎研究であり、「歯を失えば必ず認知症になる」ことを証明したものではない点にご注意ください。次の章で、この「関連」と「原因」の違いについて詳しく解説します。
「かみ合わせ 認知症」という検索キーワードの背景には、「歯の本数は足りていても、噛み合わせが悪い場合はどうなのか」という疑問があるように思います。
歯の本数が保たれていても、かみ合わせがずれていると、
といった状態になりやすく、結果として咀嚼機能や脳への刺激が低下する可能性があります。つまり、「歯の本数」だけでなく「きちんと噛める状態かどうか」が重要だと考えられます。
ここで重要なのは、「関連がある」ということと、「原因である」ということは違うという点です。
例えば、歯周病で歯を失う人は、糖尿病・動脈硬化・喫煙・栄養状態の低下などを併せ持つことが多く、これらも認知症の危険因子です。そのため、現在の医学では
「歯を失ったから(かみ合わせが悪いから)認知症になった」と断定することはできません。
あくまで「よく噛める状態を保つことが、全身の健康や生活の質の維持につながり、それが認知機能にも良い影響を与える可能性がある」という理解が、現時点で医学的に誠実な説明です。
前章で触れたとおり、歯を失う背景には生活習慣病や喫煙など、認知症のリスク要因となる他の要素が重なっていることが少なくありません。「歯が少ない=即・認知症」ではなく、
といった一連の悪循環が、結果として認知機能へ影響しうる、という捉え方が実態に近いと考えられます。
患者さんからよくいただく質問です。現時点では、「入れ歯を入れることで認知症を予防できる」と証明された医学的根拠はありません。
しかし、噛める機能を回復させることには、
など、多くのメリットがあります。その結果として、健康寿命の延伸や認知機能の維持につながる可能性は十分に考えられています。
補綴専門医として日々診療していると、「痛いから片側でしか噛めない」「硬い物を食べなくなった」という患者さんを多く診察します。噛めなくなると、
という悪循環が起こります。つまり、重要なのは「入れ歯を入れること」ではなく「しっかり噛める状態を維持すること」なのです。
補綴治療の目的は、単に歯を補うことではありません。患者さんが、
状態を目指すことです。こうした機能回復は、生活の質(QOL)の向上だけでなく、健康寿命にもつながる重要な治療だと考えています。

認知症は脳の病気であり、その予防には、
など、多方面からの取り組みが重要です。その中で歯科が担える役割は、
「口腔機能を維持すること」
です。具体的には、
ことが、健康な毎日につながります。

A. 適切に調整された入れ歯でしっかり噛めることは、食事や栄養状態の改善に役立ちます。ただし、認知症を予防する効果が証明されているわけではありません。
A. 現在のところ、インプラントが入れ歯より認知症予防に優れているという明確な医学的根拠はありません。治療法の違いよりも、「十分な咀嚼機能を回復できるか」が重要と考えられています。
A. 矯正治療によって左右バランスよく噛める状態を整えることは、咀嚼機能を維持するうえで意味があると考えられます。ただし、矯正治療そのものに認知症を予防する効果が証明されているわけではなく、あくまで「よく噛める状態を保つ」ための選択肢のひとつとしてご検討いただくものです。
A. あります。歯を長く残すことは、将来にわたってしっかり噛める口を維持することにつながります。これは食生活や全身の健康にも良い影響を与えるため、若いうちからの予防が大切です。
認知症は、加齢や脳の病気、生活習慣病など、さまざまな要因が関係して発症する複雑な疾患です。
現在の医学では、
「かみ合わせが悪いことが認知症の原因である」とは証明されていません。
一方で、歯の本数や咀嚼機能、噛み合わせと認知機能との関連を示す研究は数多く報告されており、
「しっかり噛める口の状態を維持すること」が健康な生活を支える重要な要素である
ことは広く認識されつつあります。
私たち補綴専門医は認知症そのものを診断・治療する立場ではありません。しかし、患者さんが「よく噛める」「楽しく食事ができる」「快適に会話ができる」口腔環境を維持することは、全身の健康や生活の質の向上につながる重要な役割だと考えています。
合わない入れ歯やかみ合わせの違和感をそのままにせず、気になる症状があれば早めに歯科医院へ相談することをおすすめします。これは認知症予防だけを目的とするものではなく、健康で豊かな毎日を送るための大切な第一歩になるでしょう。
監修者
黒崎 俊一(くろさき しゅんいち)
くろさき歯科医院 院長/補綴歯科専門医・歯学博士/日本大学非常勤講師 30年以上にわたり「噛み合わせ」を中心とした補綴治療(入れ歯・ブリッジ・インプラント)に従事。かみ合わせと全身の健康との関わりについて、エビデンスに基づいた情報発信を行っている。
【参考文献・出典】

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